Think less, Feel more

移りゆく日常とあらわれては消えゆく思いの記録

自己満足

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今月は息子の誕生月。

誕生日には毎年ケーキを買って、彼の好物を作るのが恒例。離婚してシングルマザーになったわたしはそれが精一杯で、誕生日プレゼントを買ってあげる余裕はなかったけれど、周囲の人に恵まれて、両親や別れた旦那が毎年息子にプレゼントを買ってくれた。

彼が社会人となり彼女と出かけるようになってからは、その恒例のご馳走もやらなくなった。

彼の独立が近づいている今頃になって、わたしはとても後悔している。誕生日当日じゃなくてもいいじゃない、親として息子の誕生を祝う場を作れば良かった。おかしな遠慮をしてしまった。必要のない遠慮を。

わたしは誕生日を祝ってもらえない子どもだったので、つい忘れてしまうのだ。自分がされていないから、ついスルーしてしまう。祝ってもらえなくて寂しかったのなら、息子にそんな想いをさせまいとするのが親の常識なんだろう。けれどわたしにはその常識がすっぽりと抜けている。自分勝手なのだ。ひどい親だ。

結婚している時には、別れた旦那と嫁ぎ先の一族がイベント好きだったので、毎年息子の誕生日は盛大な宴会となった。息子のみならず、わたしの誕生日も盛大に祝ってくれた。離婚したけれど、今でも感謝している。誕生会は1回だけではなく、旦那の友達とキャンプに行き、誕生パーティーをすることもあった。

別れた旦那は今でも息子の誕生日を祝う宴会を開いてくれているので(わたしはもちろん参加しないが)本当に有り難いと思う。

貧乏って切ない。交際費が捻出できないから、どんどん人と関わらなくなって孤独になって行く。貧乏を経験したことのない人は分からないだろうなあ。行きたくても行けないんだよ。。。

今度の週末に息子は彼女と誕生日旅行に行くのだそうだ。

経済力がわたしにあれば、お小遣いでも渡せただろうに。お誕生日のお祝いと、旅行のお小遣いを渡せただろうに。

息子はそんなの、いらないよって言うだろう。優しい子だからわたしに無心さえしないのだ。

でも、、自己満足でもいい、そういうことをしたいのだ。

息子には、臨時収入、棚からぼたもち、不労所得があって良いんだよって、斎藤一人さんが言うお金の英才教育をしてあげたかったなあ。

働いて、人のためになる仕事をしながら得るお給料だけじゃなくて、臨時収入有りだし、受け取っていいし、その価値があるし、そういう世界を基本装備して欲しい。

それもまた自己満足かなあ。

親の呪縛から離れられないでいるのはわたしだ。そこに居なくていい。縛られていることさえ幻想なのだから。

息子にまたお小遣いをあげたい。社会人だっていいじゃない。あげたいんだもの。

自己満足を感じたい。