Think less, Feel more

移りゆく日常とあらわれては消えゆく思いの記録

11/26 中国人観光客がどーしても好きになれない

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晴天、強風。陽射しは強く温か。気持ちも緩む。

辻褄合わせ。ため息。

セブンでコーヒーを買って海へ。お昼からビーチで読書を目論んでいたけれど、この風で諦める。風はスゴいが、暖かく暑いくらい。堤防に座り、強風に吹かれながらコーヒーを飲み海を眺める。カップをしっかり掴んだままなのは、うっかり堤防に置くと風に飛ばされてしまうからだ。写真を撮る手も飛ばされそうだ。

この風でもフリマは開催していて、どのお店もタープの屋根を外していた。ぶらぶら覗きに行こうかなと一瞬思ったけれど、カフェで読書に路線変更。駅へと向う。

江の電に乗り移動。良い天気なので紅葉を目当てにした観光客で混雑している。大きな荷物を気にせず、乗り込んで来た人を気にせず、固まって立ち、邪魔になっているのは中国からの観光客だ。ほんと、この人達は好きになれないし、出会うとムカっとする。ちょっと荷物を引き寄せて、ちょっと身体の向きを変えればスペースに余裕が出来て周りの人が快適になるし、後から乗って来た人たちがスムーズに入れるのにおかまいなしだ。

中国からの観光客は来ないで欲しいくらいだ。

あるお寺さんでは、立ち入り禁止と書いてある場所に踏み込み、写真を撮っていたのを見た。木の枝を無理矢理引き寄せる。葉を枝から取る。苔が踏みつぶされ、はがれる。ほんの少し地中からでた草花の芽が踏みつぶされる。注意したが日本語だったので通じなかったようだ。でも身振り手振りで分かるはずだ。集団の彼らは移動して、離れた場所の立ち入り禁止の場所にまた入り込み、写真を撮っていた。

悲しいのは、誰かがやり始めるとそれに続く人が現れることだ。日本人でさえ。

自分だけじゃない、他のひとだってやってるからいいじゃないか。という理屈なのだろうか。損した気分になるのだろうか。

そして本当に不思議だが、中国人観光客が去った後は、その場が乱れているのだ。。。ペットボトルや食べ屑などが置きっぱなし。見える所にゴミ箱があるのに何故?

また、江の電ではいつか事故が起きてしまうのではないかとヒヤヒヤする。江の電は民家の軒先や街中や海沿いを走る。鎌倉高校前という駅は、漫画『スラムダンク』に有名シーンが出て来るらしく、ある時から急激に観光客が増え始めた。道路や線路に立ち入って写真を撮る人が続出。車でクラクションを鳴らしてもどかない。なんなの?と思っていたら、どうも韓国や中国からの人らしいと知った。

本当に危険なのだ。車のクラクションを鳴らしても、江の電の運転手さんが警笛を鳴らしてもどかないのだ。あれは一体なんなのだろう。

わたしは数年前まで一年の1/3を海外で過ごす生活をしていた。友人知人には韓国人もいれば台湾人もいるし、クロアチア人、インド人、バリ人、ロシア人、スペイン人、イタリア人、アメリカ人、カナダ人、メキシコ人、ネパール人にスリランカ人、パキスタンイスラエル人、スイス、ドイツ、オーストラリア、フランス、タイやラオスの人‥…などなど、まあとにかく旅に出ると世界中の人達と知り合いになったり親しくなったりする。

どの人にも美点があり、欠点がある。それは私も同じだけれど、生まれ育った国に関係なく、親しくなった私たちに共通して言えることは『訪れた国の文化を大切にすること、敬う心を持っている』ことだ。

外国に行くのだから、自分が生まれ育った国とは習慣や文化が違うのは当然のことだ。その違いを楽しみつつ、あえて面白がって笑い話にすることはあるけれど、バカにしているわけではなく、根底には訪れた国と文化とそこに暮らす人々への愛情と尊敬の気持ちがある。

例えばインドでは、どんなに暑くてもキャミソールやショートパンツでは出歩かないし、寺院や聖地を訪れるときには失礼にならない、きちんとした服装をする。さらに、寺院内では勝手にモノに触れないようにしているし、写真も控えることもある。なぜなら、そこに暮らす人々にとって、神聖なるものだったりするからだ。

何年も前、北インドのある山に上り、シヴァテンプル(シヴァ神を祀るお寺)に参拝したことがある。外国人はほんの少数で、地元や違う街から来たインド人がひしめいていた。参拝の順番を待つあいだ、ある外国人男性が神の宿る石を写真に収めようとしたところ、横からすごい勢いで僧侶が現れ、怒鳴りながら彼の頭や顔や肩などを打ち、凄まじいほどに怒りまくった。実はわたしもその祀られている聖なる石を写真に撮りたいと思っていたので、まるで自分が怒られたかのようにドキドキしたし、驚いて、そっとカメラをしまった。

気軽に撮ったり、触ったりしちゃいけないものもあることを、その時に身にしみて分かった。

見ていないから、とか、知らないフリして、とか強行しても、それは果たして良い思い出になるだろうか。

そこに確かに息づいているその国の心を、訪れているその国の人々を踏みにじることになると思う。興味があって、知りたくて訪れるのでしょう?

さらにそれは、自分自身をも踏みにじることになるのだよ。

中国や韓国の自分の国で、自分たちが大切にしている場所に、あなた達が日本でしたことと同じことを他の国の人がしたら、どう感じますか。

それとも、中国や韓国ではそういうタブーがないのだろうか。

そういえば、インドでもタイでもバリ島でも、中国からの観光客は嫌われていた。わたしは一人旅が多いので、時には中国人と思われることもあり、タイでは露骨に差別された。外国人旅行者が良く行くオーガニックカフェ。数回通っても不愉快な思いをしたので行くのを止めた。訳が分からなかった。私は美人じゃないし、英語も堪能ではないからかな、なんて悲しく思っていた。ある日、日本人の友達数人でそのカフェを訪れ、日本語でおしゃべりしていたところ、それまでには見せなかった満面の笑顔で店員が近づいて来て、『なんだ〜日本人だったんだね!オレてっきり中国人だと思ってたよ〜』とのたまった。手のひらを返したような丁寧な応対。茫然とした。中国の人だと思って、彼はわたしに嫌がらせをしていたのか。そんなことって。。いったい中国の人はタイで何をやらかしているんだ。。。

一人一人対すればきっと、悪い人たちではないのだろう。そう思うと本当に複雑な気持ちになる。

それでも、いまのところどうしても彼らが好きになれないし、来なくてもいいよと思うのだ。